白虎隊秋季慰霊祭奉納剣舞

白虎隊墓前祭とも呼ばれ会津高校生により白虎隊剣舞奉納が厳かに執り行
われます。

毎年、春季慰霊祭(4/24)と秋季慰霊祭(9/24)の2回、午前11時〜12時まで
飯盛山の白虎隊墓前で行われます。

会津まつり期間中(9/22〜24)のイベントは、会津若松観光物産協会様のHPでご覧いただけます

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【白虎隊剣舞の誕生は?】

明治17年、白虎隊士の17回忌にあたり、私黌日新館の初代館長中条辰頼が
同館文学部佐原盛純教授に作詞を依頼し完成した漢詩「白虎隊」に佐原教
授と同館の生徒達が振り付けを決め、剣舞も完成しました。
(剣舞と一緒に吟詠される詩は、七言二十行ですが、その後、独立した漢
 詩として七言二十四行の詩が何編か伝えられ、最終的に完成したのは明
 治23年と伝えれています。)

【初めての奉納は?】

漢詩と剣舞の完成した明治17年、旧暦08月25日(新暦10月13日)飯盛山墓前
での白虎隊士17回忌祭に初めて白虎隊剣舞が奉納されました。

【そして継承する】

時は流れ明治23年(1890年)私立会津中学校が設立、佐原教授が嘱託、加え
私黌日新館の生徒も同中学校に入学したこともあり剣舞も伝えられ、以来
白虎隊剣舞は会津中学校の伝統となりました。第二次大戦中に一時奉納が
中断されましたが、新制高校として校名を「福島県立会津高等学校」とし
た後の昭和28年に同校に白虎隊剣舞が復活し、以後、伝統として継承され
毎年4月24日と9月24日の白虎隊墓前祭に剣舞が奉納されてます。

剣舞奉納のために同校学而会(所謂生徒会)に「剣舞委員会」が存在します

飯盛山で自刃したのは白虎隊士中2番隊の20名ですが、飯沼貞吉は幸いにも
蘇生しましたので剣舞を19名、飯沼貞吉役の生徒が詩を吟じます。

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漢詩「白虎隊」佐原盛純作

 少年団結す白虎の隊
 国歩艱難堡塞を戌る
 大軍突如として風雨来る
 殺気惨憺白日晦し
 へい鼓喧てん百雷震う
 巨砲連発僵屍堆し
 殊死陣を衝いて怒髪竪つ
 縦横奮撃一面開く
 時に利あらず戦い且つ卻く
 身には創痍を裹み口に薬を含む
 腹背は皆敵なり将た安くにか之かん
 剣を杖ついて間行丘がくをよず
 南鶴ヶ城を望めば烟えんあがる
 痛哭涙を呑んで且く彷徨う
 社稷亡びぬ以って已むべしと
 十有九士腹を屠って死す
 俯仰すれば此事十七年
 之を絵にし之を文にして世稍やく伝う
 忠烈は赫赫として前日の如し
 圧倒す田横麾下の賢

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